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ミルドパターを生み出した「神の手」の血統 T.P.MILLS

History of T.P.MILLS

  • 1960年代、T.P.MILLSはアマチュアゴルファーでした。彼は当時使用していたパターよりもより良い物が作れると考えていました。それがT.P.MILLSパターの始まりです。40年以上もの間、T.P.MILLSはカーボンスチールパターを製作し続け数多くの特徴を残しています。T.P.MILLSの特徴の多くは、他社からも敬意を受け模造され続けています。T.P.MILLSはScotty Cameronの師匠でもあり、今日のゴルフ業界の先駆者になっています。

    当時ゴルフクラブの中で、パターが最も安く、簡単に考えられていました。人気のあるモデルのパターを試し、それよりも良い作品を制作し始めました。その作品はプロゴルファーや、アマチュアゴルファーのパッティング向上につながる結果を得ました。しかし、まだ当時は科学的見地からパターを考えられていませんでした。

    T.P.MILLSはパターの重量・ロフト等のサイズ・形状にこだわり、すべてを彼自身でデザインをすることで、それらの問題を改善しました。T.P.MILLSにとって特に重要なことはバランスであると考え製作されています。もしあなたがそのT.P.MILLSのハンドメイドパターを持っていれば、事実上世界でたった1つのパターを持っていることに間違いないでしょう。完璧なバランスとフィット感はメジャーチャンピオンシップ、PGAツアーイベントや多くのトップアマチュアトーナメントを勝利に導き、支持されています。そして、アメリカ大統領や、国内外の高官、有名人の間でも愛用され続けています。

    今日、T.P.MILLSの会社はT.P.MILLSの息子であるデビットが受け継いでいます。彼の才能と技巧はPGAツアープレイヤーや世界中のアマチュアプレイヤー達に認められ、そしてハンドメイドモデルを使用したプレイヤー達が現在、PGAツアーやヨーロッパの大会で勝利し、ハンドメイドを作り続けるという誇るべき伝統をミルズ親子が守っています。彼らは今日も精度技巧な新しいモデルをデザイン・設計し続けています。

  • トミーアーマーVの世界記録を支えたTPミルズは「キングオブクラブ」「神の手」と称された トミーアーマーVの世界記録を支えたTPミルズは「キングオブクラブ」「神の手」と称された

    ハンドメイドを作り続けるという誇るべき伝統をミルズ親子が守っているイメージ図

Interview with David Mills

伝説のパターデザイナーT.P.ミルズの職人魂を受け継いだ2代目は、
美しく高品質なクラシックパターを独自の世界で創作し、新たな試みにチャレンジする。
2代目パターデザイナー、デビット・ミルズの心境に迫った。

  • 幼い時の父の記憶は、いつもゴルフパターを作っていました。父が今の僕と同じくらいの40代の時、パター作りを始めたと思います。その頃私は6歳か7歳で、父のビジネスはまだ小さく、家でパターを作っていましたので、ずっとその姿を見て育ちました。

    家族は皆ゴルフをして、僕は子供の時、野球やフットボールをして遊びましたが、家族で楽しむスポーツといえばゴルフで、休日には家族でゴルフコースに出かけたりもしました。

    高校ではゴルフチームに入っていい成績を残し、大学もゴルフの奨学金を得て入ることができた。

  • デビット氏は6歳からクラブ制作に関わり始めた いわば「純血種」の職人だ デビット氏は6歳からクラブ制作に関わり始めた いわば「純血種」の職人だ

  • 「神の手」を受け継いだデビット氏もまた、鉄の塊を1から削り出してクラブを作れる 削りだし作業 「神の手」を受け継いだデビット氏もまた、鉄の塊を1から削り出してクラブを作れる

    刻印作業

    バランス確認作業 親子2代で研鑽した「職人」の技が、完璧なフェースセンターでのバランスを実現する 親子2代で研鑽した「職人」の技が、完璧なフェースセンターでのバランスを実現する

    バランス確認作業

  • 父のビジネスは順調で、子供の頃よく父の工房で手伝いをしました。最初は掃除などの簡単な仕事でしたが、そのうち鉄材を適当な長さに切ったり、パーツを順番に揃えたりすることも任されて、組み立てはできなくてもクラブ制作に自分も参加しているという気持ちが強かったですね。

    10代の終わり頃になると、ホーゼルを曲げたり重要な仕事も任されて、賃金をもらえるようになったときは大変嬉しかった。何しろまだティーンエージャーだったしね。父はパター作りに没頭していて、他の事はなにも頭に無いようだった。

    大学卒業を控えて、就職活動をしなければならなくなったけど、ラッキーなことに父親の事業が大きく成長していたので、父の会社に就職することに決めました。ゴルフクラブ作りに関しては、そこから本格的に学び始めました。

    その頃父は全米で唯一のパター職人だったと思う。パター専門に、デザインから完成まで、すべて一人の手作業でやっていました。

    ピンや他のパターメーカーは、ヘッドをキャスティングして作っていました。後には機械も導入してヘッドを大量生産しましたたが、父はすべて自分の手で最小の器具を使って作りました。その姿を実際に見ていた自分は、とても恵まれた環境にいたと思う。だから私は今でも自分の手でクラブを作ることができる。自分でクラブを作れれば、それを機械に複製させることは簡単だが、機械はデザインを起こすことはできません。父の会社で働くことで、カスタムパターの作り方をマスターできたことは、自分にとってたいへん大きな収穫でした。

    その後工房を拡張して、私もフルタイムでパター制作に携わり始めました。

    私が20代前半の頃父はすでに60代半ばで、引退準備の時期でした。パター作りは体力的にも大変な仕事でね。そこで私が肉体労働の部分を父に代わって引き受け、父は仕事量を少なくしました。

    その頃から私は注文を受けたり、発注主と折衝をしたりする仕事も引き受け、父のビジネスはだんだん私が引き継ぐようになりました。

    でもTPミルズの名前は、ブランドネームとして認知度が高かったので、そのままにしました。80年代後半には、私が自分の手で独自のクラブを作り始めました。父はすべての工程とヘッドの仕上がりをチェックし管理しました。こうして時間をかけて私が父の仕事を引き継いでいったのです。

    ツアー会場に行くのは父でしたが、次第に私が行くようなりました。ツアープレーヤーの間ではTPミルズの名前と父の顔はとても有名でしたが、私の顔も覚えてもらいたいし、私がパター作りをすることも知ってもらいたかった。

    顧客からの注文は、父がそうしたように、パタークラブのスペックを全てノートに書き取りました。まだ、コンピューターがなかった時代です。

  • 良いクラブを作るには、長い年月をかけて技術を磨かなければならない。ラッキーなことに私は「良い物を見る目」を父から引き継いだようで、形態のバランスとか、形の良し悪しを目で判断することができます。だから父に引けを取らないクラブデザインができました。そうして自分のクラブを作り、後にはミズノのクラブもデザインしましたが、それでもTPミルズのブランドネームはそのままに残しました。それだけ有名でしたからね。

    自分のラインをデザインしても、TPミルズの名前で製品を市場に出しました。父はすでに全ての仕事から引退していましたが、私は新しいクラブをデザインすると、必ず父に見せて意見を求めました。もっといいものにできるか、何か大事なものを忘れてないかってね。父はよく適切なアドバイスをしてくれました。父のデザインしたパターは今では多くのメーカーが真似しているし、私のデザインも真似されています。これは誇れることです。

    私は、プロ仕様のクラシックというシリーズをデザインしましたが、これでトミー・アーマーIIIが世界記録を破りました。20年以上も破られていない4日間257ストロークという記録を出したことは凄いことでした。そんなクラブをデザインできたのはラッキーでしたね。

    最近オーバーブレードタイプのニューモデルをデザインしました。これは新しい時代のデザインですが、きっかけは自分用のパターをデザインしてみようと思ったこと。実は僕は右利きから左にゴルフをスイッチしました。オフセットをホーゼルに付けていた時、ロフトの角度が多すぎるのに気がついた。それで左用にホーゼルを付け替えた時に、ロフト角をすこし少なくしました。

    その後フィル・ミケルソンから電話がかかってきて、彼用のパターをデザインすることになりました。ミケルソンはパターを打つときに、クラブフェースを前方にプッシュして打っていたので、ロフト角をすこし少なくしたパターを渡しました。

    そしたら試合にどんどん勝ち始めたんです。最初は「ビュイック招待」で初めてタイガーを負かした試合で、アトランタ、コロニアルと勝ちを重ねていったんです。そういうことを聞くと嬉しいですね。

    今、新しいパターをデザインしています。もうすぐ新しいマレットを出せると思います。今パテントを取っている段階です。

    ビジネスはとても良い方向に進んでいます。TPミルズパターに関しては受注量が生産量より多く、もっと生産量を上げようと努力はしていますが、それでもいつも受注が生産を上回っています。日本のユーザーが支持してくれるような製品を作っているところで、日本でも成功することを願っています。

  • 父に引けを取らないクラブデザインが可能なデビットのイメージ図

    パターに美学を確立した彼らの作品はニクソンやレーガンなど多くの著名人にも愛された パターに美学を確立した彼らの作品はニクソンやレーガンなど多くの著名人にも愛された

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